まだ見ぬ最愛の君のためのオナ禁(旧:Owner's Kingdom)

オナ禁で人生を変える日々の記録

オナ禁王国

性欲と向き合った者だけが踏み入ることを許される国

オナ禁リセット報告禁止の表明

KINKYOU

2ヶ月前以来の失恋の傷はさすがにまだ癒えきることもなく

新年度の生活はとうに張りを失い

“まだ見ぬ最愛の君のためのオナ禁"などと掲げたことも忘れ

オナは1~3日を平均としたインターバルを空けて続けられ

また、容姿だけは抜群にいい女子大生の飯ヅルとなっている

というのが今月の分かりやすいダイジェストである。

それでもまた、私はここに帰ってきてしまう。

私はまたオナ禁ブログ界隈で筆を取り

リセット報告をときには明瞭に、ときには曖昧に付記する。

すべては幾つ歳を食っても抜け出せない冴えない自己イメージ

そんな自己を救ってくれるはずのオナ禁への幻想

神格化されたオナ禁から受けた洗脳、呪縛による行動なのである。

オナ禁の呪縛

いい歳してオナニーするしないなんて、自分の意思で決めろよと思う。

中学時代から意識の片隅に在り続けたオナ禁という思想。

それはまるで幼少期のトラウマの如く、ネガティブな意味で私の思考、行動様式に組み込まれていて

その瞬間、オナ禁を本格的に継続しようという意志の有無に関わらず、事後には半ば反射的にスマホオナ禁タイマーアプリを起動し、最終リセット日時を記録している。

そしてそれらの振り返ればキリのない無限の失敗経験が、この先も一生続くのだろうと肩を落とすのだ。

一方で仮定の話。

オナ禁という思想に触れずに20代半ばまで生きてきた私がいたとして

私は毎日続く惰性のオナをいちいち気に病むだろうか。

その毎日の選択に正解も不正解もないならば、今以上に健康な精神状態でもって自分のやりたいことに打ち込めたのではないだろうか。

つまり、オナ禁はある種の呪いなのだ。

オナ禁自体が肉体および精神に好影響を及ぼすと分かっていても、その思想に縛られて苦しみのたうち回っていては本末転倒。

呪われたら祓わなくてはならない。

トラウマは克服しなければならない。

上級者のオナ禁ブログでよく言われている「オナ禁が当たり前の状態」、「オナ禁を意識しない状態」

これが答えだろう。

リセット報告禁止の表明

個人的な経験上ではあるが、オナ禁のリセット報告のページはよく読まれる。

ネット検索をかける人が、リセット後の気持ちや諸々の変化について興味を持っている証拠だろう。

しかし私はこれ以上、リセット報告をしない。

それは今日に至るまでに天高く積み上げられた失敗体験との決別が主な目的である。

最近苫米地英人氏の著書を読み、「セルフトーク」という考え方に触れたというのも理由のひとつである。

失敗の懺悔は飽き飽きするほどやってきた。

もう成功の報告しかいらないのである。

KONGO

今後の活動について。

先に少し触れた飯ヅル化しつつある女子大生。

めちゃくちゃ可愛いのだが、性格面で常識的なところが足りていない。

前の彼女が性格面でパーフェクトだったためにどうしても比較してしまい、交際にこぎつけたいというモチベーションはなかなか湧かない。

一度は関係を持ちたいななども邪な目標を秘めてはいるものの、あちらが私を男として意識しているかは不明。

歳がかなり離れているので、相手の気づかいの足らなさを許せるくらいの心の余裕がこちらにある。

他に女っ気もないので現状この子を相手に暇をつぶしているが、あまり入れ込むと良いことにはなりそうにない。

女性関係以外はこれといって展望もない。

今は淡々と目の前の課題に真面目に取り組もうと思っている。

苫米地英人氏の「コンフォートゾーンの作り方」を読破して、目標設定についても考え直そう。

(文章が恐らく中二臭いですが推敲の元気もないので。すみませんでした)